作品情報

はじめに

2010年、沖縄戦の学徒兵(鉄血勤皇隊)を描いた舞台『ニイナとオジィの戦世』(ラジオドラマ版も放送)は現代の若者たちが同世代である学徒兵を演じ、大きな反響を呼びました。今年はさらにバージョン・アップし、沖縄県を代表するミュージシャンの歌と演奏、県内の若者によるダンス・パフォーマンスを融合。全く新しい「いのちのミュージカル」として上演します。

いまある平和は沖縄戦で亡くなった人々の犠牲のもとに築かれたもの。20万人を超える犠牲者へ、鎮魂の祈りを共に捧げましょう。そして未来へと続く平和の花を咲かせましょう!

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あらすじ

生きることが嫌になり自殺を図った主人公ニイナ。彼女はいつしかあの世の入り口・三途の川にいた。川を渡ろうとすると見知らぬ男が現れ、見せたいものがあるという。

男が連れて行ったのはニイナのふるさと沖縄。1945年、太平洋戦争の真っただ中、アメリカ軍が上陸し、戦場と化した沖縄だった。そこで彼女が見たもの…それは16歳で徴兵され、学徒兵として必死で戦うオジィの姿だった。 戦争を目の当たりにしたニイナは、自分のいのちが奇跡の中から生まれた「祝福」であり、24万の無駄死にした人々の血の上に咲く「花」であることを知る。そして、ラストシーン。彼女はオジィの生死を分かつ意外な真実を知ることで、平和な現代に生まれてきたことの意味を知るのだった…。

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監修

「ニイナとオジィの戦世」はフィクションですが、戦争シーンに関しては元学徒兵の皆さんの証言・取材に基づき構成しています。本作品を作るにあたり、戦争シーンや時代考証など、様々なサポートをしていただいた元学徒兵の皆さんをご紹介します。

宮平盛彦さん(元学徒通信兵)

昭和5年生まれ
首里高等学校の前身である県立第一中学校2年の時、徴兵された。母親は心配して「何もこんなに小さい子たちまで軍隊に行かなくても」としきりに止めたが、「いや戦争はすぐ終わって帰れるから」と母親の心配をよそに入隊。首里の軍司令部近くで勤務。通信兵は伝令や飯上げ(炊事)が主な業務だった。

宮平さんたち通信兵は軍から送られてくる電文を電話で各分隊へ通達していたが、爆撃により電話線が切断されると、電報を持って分隊の壕まで走らなければならなかった。死と隣り合わせの任務だった。

4月下旬、首里への爆撃が激しくなりはじめた頃、突然、母親と姉がもう一度会いたいと、どこに配属されているのかさえわからないのに、宮平さんを探して首里にやって来た。宮平さんは伝令に出ており、突然激しい爆撃に見舞われ、たまたま入った壕にうずくまっていたのが、母親と姉だった。神様が用意してくれた偶然の再会に母親はただ涙を流すばかりだった。この奇跡の邂逅は最期の別れとなってしまった。「私たち通信兵は先生の引率もなく14歳で戦争へ行きました。同じ苦しみ悲しみを二度と繰り返さないよう、若い方々はしっかりと平和を守り続けて欲しいと思います。」

神谷依信さん(元鉄血勤皇隊・野戦銃砲隊配属)

昭和4年生まれ
県立第一中学校3年の時、鉄血勤皇隊に入隊。三交替24時間ぶっ続けの壕掘り作業をさせられた。地盤が固く、1日1尺(30センチ)しか掘ることができなかった。5月27日、軍司令部が南部へ撤退。6月18日には鉄血勤皇隊が解散となり、神谷さん他12名の学徒兵たちは日本兵に見捨てられてしまう。そして12名が隠れていた壕に米軍から手榴弾が投げ込まれ、3名の学友が死亡。絶望した9名は自決を図ろうとするも手榴弾が爆発しなかった。

その後、別の壕で一緒になった日本兵からアメリカに投降するよう勧められ、投降した。しかし神谷さんたちに生きて日本を再建しなさいと言った日本兵は国の教えの通り、自決した。70歳を過ぎるまで戦争の話はできなかったという神谷さん。「話をすれば哀れでみじめな気持になってしまって、ずっと話すことができなかった。今は一見平和な時代だが、平和を守るために軍隊が必要といった考えに惑わされてはいけない。平和のために努力して欲しい」

岸本政一さん(養秀同窓会 学徒隊資料展示室・解説員)

昭和4年生まれ
地上戦が行われた1945年に中学生だった少年少女というのは、小学生で日中戦争、中学生で太平洋戦争に突入しているため、国の皇民化教育、戦時教育をもろに受けて成長した世代である。

岸本さんと学友の多くも皇民化教育のために、熱心な皇国少年に育った。祖国・日本を守りたい、郷土・沖縄を守るのだと、戦争の無慈悲さも知らずに戦場へ出て行った少年少女たち。その多くが無念のうちに亡くなった。

そんな彼らの悔しさ悲しみを弔いたいと、岸本さんは養秀会館の学徒資料展示室をオープンさせた。遺族のもとを廻り一点一点集めた遺品の数々…。どんな気持ちで書いたのだろうか、色あせた遺書や遺髪、学徒兵が使っていた武器、当時の制服や教科書、写真など関係資料が展示されている。岸本さんはここで週に3回、解説員として過ごすことで、学友への弔いと平和への祈りを行っている。

養秀同窓会 http://www.youshu.com/

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スタッフ

総合演出:田原雅之
脚本:鍵山直子

照明:稲嶺隆(沖縄舞台)
音響(舞台):犬養憲子(演劇きかく「満福中枢」
舞台監督:猪股孝之
演出助手:嘉手納良智
ヘアメイク:糸数美智子
音響(音声ドラマ):鈴木登世宏
映像編集:荒木靖
記録:垣花みゆき

協力:
FM沖縄
総合学園ヒューマンアカデミー那覇校
Theater TEN Company(仮称)

映像資料協力:1フィート運動の会

特別協力:沖縄タイムス社

主催:「ニイナとオジィの戦世」実行委員会

後援:沖縄県

企画制作:シャ・ラ・ラ・カンパニー

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たくさんの感動の声

今の日常における過去との接し方をもう一度見つめ直すきっかけになりました。(32歳男性)

現在を生きている若者と65年前を生きる若者と重ね合わせる演出はとても工夫してるなと思った。昔話は昔話としてとらえがちな平和学習になっているので、この舞台は昔と今をつなげて考えることができた。(37歳男性)

今、私が存在していることは奇跡なんだと思いました。生きているではなく生かされているんだなと思った。ありがとう。(24歳女性)

オーディオ舞台はじめて見ました。演じている方々の迫力ある演技に感動、涙、涙しました。声の出演もすばらしかったです。私の母も昭和4年生まれ。沖縄戦の体験者です。よくぞあの戦世を生き抜いてくれました。ありがとうございます。母も含めご年配の方々の辛い経験を経て築いたこの平和、まずはきちんと戦争を知ることから始め、若い人たちに伝えていきます。出演者の皆さん、ありがとう!!(40代女性)

すばらしい舞台でした。当たり前に生きて行けることが、叶わなかった人たちがいて、そして今につながっていることを改めて思い知りました。「当たり前」がどれほど尊いか、大切に思い続けてゆきたいと思いました。(25歳男性)

新たな平和劇だと感動しました。(45歳女性)

涙が止まりませんでした。一緒に見ていた祖父は鉄血勤皇隊でした。祖父はどんな想いで亀吉を演じる孫を観ているのだろうと思ってもいた。彼らが生き伸びてくれたからこそ、今の私もいるし、今の沖縄もあると思う。だから心から感謝しています。若いパワーあふれる沖縄のクリエイティブな役者、ダンサー、アーティストがこんなに力強い舞台を演じていて、感動しました。沖縄の過去も現在も未来も素晴らしい、明るい。素晴らしい舞台をありがとうございました。(26歳女性)

素晴らしかった。戦争中を思い出しました。(84歳女性)

「つながる命」がテーマになっていると感じました。自分の命を大切に、必死に全うすることが、おじぃ、おばぁへの最大のプレゼントなんだなと思いました。あと、もうちょっと親孝行しようかなと思います。出演者の皆さんの活き活きとした笑顔がすごく良かったです。(25歳男性)

ストーリーがスラスラと流れて(時代背景など)子供たちにもすごく理解できたと思います。素晴らしい舞台です。子供たちに平和の大切さ、命の大切さ、つたえて行きたいですね。(59歳女性)

平和を考えるとても良い作品でした。ラジオドラマ!? どんな作品なんだろう?? とてもわかりやすい演出だと思うし、インパクト大です。子供たちの心に届いてくれたのでは? 生きる意味について考えさせられました。(49歳女性)

戦争をオーディオドラマと歌と踊りで表現できるということは本当にすごいと思う。この舞台で人生をまた見つめ直す人が多く出ると思う。それほどパワーのある舞台だった。(20歳男性)

正直、戦争は怖いからあんまり劇とかで見るのはつらいな…って思っていましたが、この舞台を通して、怖いからとかじゃなく、ちゃんと向き合って、これからの未来を戦争のない平和な世界にするためにも、自分たちも真剣に向き合おうと思いました。お疲れさまでした。(13歳女性)

とても不思議な舞台でした。初めて見ましたが、沖縄戦を忘れてはいけない風化させてはいけないという思いがさらに増しました。パンフレットの「あなたの体には沖縄戦を生き抜いた人の血が流れている」という一文がとても印象的でした。私の祖母も沖縄戦を生き抜いてきました。その祖母がいたからこそ「私がいる」というありがたさを感じました。とてもいい舞台でした。現代は自ら命を落とす人々が多くいます。死にたくなかった人々のことを思うと、一度きりの人生を自らストップさせてしまうという虚しさを感じました。(25歳女性)

歌と踊りが素晴らしかった。ラジオドラマで舞台をやる方法は新しくて面白かった。若い人がこのような劇をやることに意義があると思った。(50歳女性)

池田卓さん、高良結香さんの声がリアルで感情がこもっていて号泣でした。戦争体験者の傷がいえて欲しい。二度とあんな戦争を起こしてはいけない。軍隊もこの島にはいらない。(35歳女性)

いつも母(80歳)から聞いていた戦争体験が再現されました。内容がほとんど同じでした。母をもっと大事にしていきたいと思いました。風化させてはいけません!いっぱい泣きました。(50歳女性)

平和学習ですでに沖縄戦のことはかなり知っていたけれど、「舞台」という形が一番わかりやすかった。戦争の悲惨さを伝えるためにも、これからもやっていって欲しいと思います。(16歳男性)

私たち10代の人たちは戦争がどんなに悲惨か知りません。私の祖父母は戦争体験をくわしく話してくれません。話したくない気持ちが今日、この舞台を観て理解できました。私がもし当時の女子学徒で野戦病院へ配属され、この舞台のようなシーンを体験してしまったら…とてもじゃないけど、苦しくて話すことなんてできないと思います。(17歳女性)

すごく感動しました。胸がしめつけられて、すごく苦しくなりながら、泣きながら、また若い人たちの「生きる」パワーを感じながら、目が離せませんでした。こんな素晴らしい作品に出会えて本当に良かったです。“命”について考えさせられました。ありがとうございました!(21歳女性)

いくさ世を生きてきた私は65年前を思い出しながら平和のありがたさを感じながら、平和のつづく事を祈ります。素晴らしかった。(76歳女性)

今までたくさん「平和学習」とかやってきたけど、今までの中で一番戦争というものを近く感じたし、心が痛んだ。「平和」「命どぅ宝」「戦争はいけない」これまで何度となく耳にし、口にした言葉だけど、その言葉ひとつひとつに深い意味があってすごく重い言葉だと感じた。(16歳女性)

自ら命をたってしまう若者が多い現代。この作品はそんな若者に訴えかける力が大きいと思う。毎年毎年、慰霊の日を迎えているけれど、ただなんとなく過ごし、この平和のありがたさを知らない私たち。この作品を通して命の大切さを改めて思い知らされました。

鳥肌が立ちました。涙がふいに込み上げてきました。沖縄戦を生き抜いてきたおじいちゃんやおばあちゃんに感謝するとともに、もう二度とこんな戦争が起こらない事を強く思いました。言葉に出来ないくらい感動しました。(21歳女性)

この平和な時代に生まれたからこそ強く生きていかなければと思えました。そして平和についてもっと深く考え、みんなでそのことを世界に向けて発し、本当に世界が一つになればと思いました。(16歳女性)

ぜひ全国の皆さんにも見せて欲しい。映画、ひめゆりの塔、健児隊を再現したようだった。(80歳女性)

戦争はもう65年も前で、体験した方も少なくなっていく中でこうやっておじぃおばぁたちから直接話が聞ける自分たちがもっと次の世代に伝えて、平和を守りぬかなきゃと思いました。命を軽く考えてはいけないし、生きることが辛くなっても、生きたくても生きれなかった人たちの分もがんばって生きたい。(17歳女性)

ほんとにおじぃおばぁの生きる力で私たちは生まれ、子供、孫とつながっています。脚本含めすべてありがとう。若い子たちがやっていることにとても希望を感じます。(60歳女性)

戦争の実態をよく表現してくれた。出演者よくやってくれた。有難う。皆に広めて貰いたい。(88歳男性)

私の母は1945年4月1日にやんばるで生まれました。祖母と母の姿が見えるようで涙があふれてきました。(33歳女性)

命がいろんな時代をこえてつながっていることをあらためて感じることができました。(33歳女性)

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